ブログ、ようやく再開できました。

不正アクセスを防止するための制限を受けまして、ブログに投稿することが長い間できなくなっていました。

本日、ようやくクリヤーしました。ブログ再開いたします。

 

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共励成人式2014で、懐かしく楽しいひとときを過ごしました。

1月12日に、共励成人式を行いました。15年前に卒園した子供たちが、成人し共励保育園を再び訪れてくれました。当時の5歳児の担任の先生や0歳・1歳の頃に担当した先生たちと、懐かしい楽しいひとときを過ごしました。

共励保育園には、当時の先生の多くが現在も勤めており、幼い子供たちの保育をしています。そんな保育園が共励保育園です。

成人した卒園生たちが、当時のお泊まり保育のビデオを見て、小さかった頃の自分を思い出し、そして自分たちの次のステップへと進みます。まだまだ、自分の道を見いだすには早いかもしれません。「女は35歳から」と木の実ナナも言いました。

途中でも、一度自分の小さかった頃に戻って、もう一度これから立ち向かう人生に向かって、心を新たにする機会としての「共励成人式」は、それなりに意味のあることではないかと思っています。

退職した保育士たちにとってもこの共励成人式は、当時の同僚と懐かしい思い出話をする楽しいひとときを与えてくれます。ビデオに映し出された15年前の自分の姿に、若かったころを思いだし、ちょっと喜んだり、ちょっと悲しんだりと複雑な心境もありますが、子供たちと過ごしたひとときを思い出し、言葉が飛び交います。

これからも、共励保育園は成人式を続けます。

当時のアルバムを見て・・・「これが、俺?」

いやー、お世話になりました!

みんなきれいになりました!えっ?担任の先生も映ってる?

あの頃は、いろいろあったねぇ〜!

昔の話に花が咲く!

そうね、そんなことあったかしらねぇ!

あの頃は、失礼しました!

今は、経済の勉強をしています。

記念写真です。

連続写真にびっくりしました。

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運動会のアンケート(2)

再び、運動会のアンケートから

 

運動会では先生方のご指導やご準備のお陰でとても楽しい運動会ができたと思います。

親子での騎馬戦はとても楽しかったです。

親が見るだけの運動会ではなく、子供たちと一緒に楽しめる運動会なので、私がこの歳になって騎馬戦ができるだなんて〜〜Happyです。

小学生になると、見るだけの運動会になってしまうので残念です。

年長さんのリレーを見て、年中さんとの走り方がこんなにも違うんだとびっくりしました。子供の1年間の成長はすごいですね。

園長先生が負けたり勝ったりの中でいろいろな事が学べるというお話がありましたが、最近ではいっせいのせでゴールするとか、そんな話も聞きますが、

やはり、「全力を尽くして負ける」、「全力を尽くして勝つ」からこその喜びだったり、悔しさだったりだと思います。

私も中学・高校と全力でテニスを頑張ってきました。

一生懸命頑張ったからこそ知れた感情が沢山あります。

子供にも、そういった感情を感じる事のできる人生を送ってもらいたいので、とにかく、何事も全力でがんばってほしい。

どうもありがとうございました。

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意欲の源

共励保育園の4:4:2の法則の運動会が終わった。

どの子も、意欲満々。それぞれの競技に挑戦していた。子供たちの懸命に努力する健気な姿に涙する親は多いはずだ。子供たちは、かくも大人を幸せにしてくれる。

その子供たちの意欲はどこからくるのか?

私の運動会の保護者への挨拶に毎年欠かさない言葉がある。

「子供たちを精一杯応援してください!子供たちは皆さんの応援を食べておおきくなっていくのですから!」

光の子どもの家の菅原哲男さんの著書「誰がこの子を受けとめるのか」の165ページに「意欲」と題した一文がある。是非、ご紹介したい。

『意欲』

先日、学校の先生の家庭訪問があった。その中で、「どんなに手立てを尽くしてやっても、子どもに向上への意欲がないと教師はお手上げです」という話があった。

過日、光の子どもの家を会場にして、埼玉県児童福祉施設職員研究会が行われ、ここでも学習意欲のない子どもへの学習指導はお手上げであると言葉をきわめて語られていた。馬を川に連れていくことはできるが、水を飲むのは馬の意欲の有無による、と。

確かに意欲のない子どもへの教育は不能なのかも知れない。しかし、本来的に意欲を欠落させていた子どもなどいるのだろうか。

子どもは生まれる前から様々な意欲を表し続け、何も分からないと思われる新生児が最も活動意欲に溢れ、乳児の外界への知的あるいは身体的なそれは途絶えることがない。幼児から小学校入学前後までの、あらゆる事物への旺盛な意欲は誰にも止めることなど出来ないほどである。そんな意欲が、その後、消失するのは何故か。

自分の行動範囲や知的世界の拡大を望まなくなるのは、子どもの裡に原因があるとは考えられない。

(大人は)意欲を何らかの理由で失ってしまった子どもの状況を、表面的にとらえ、対症的に対応し、矯正しようなどと試みるようになっていく。子どもにその原因をどんなに熱心に尋ね、子どもをいじくりまわしても、その解決はできないのである。断じて。

教師にしても施設職員にしても、自分が意欲を削いではいないかと疑うべきである。技術や知識や姿勢や方法等に問題はないかと。子どもの問題の多くは関わる大人の問題なのだから。

とは言え、養護施設に学習意欲の欠乏した子どもは多い。どうしてそうなるのかを尋ね当てる職員は少ない。熱心な職員ほど子どもにその原因を追及するので、子どもはもちろん職員も疲れ苛立つ。力関係で子どもはもう一度、被害者になってしまう。体罰や暴力への目眩むような誘惑の発生源である。

這えば立て、立てば歩めの親心と言われ、愛に満ちた親や家族の期待が、胎児の時から、新生児、乳児、幼児、学童へと膨らんでいくのが通常である。

子どもはそのような親や家族の期待に応えることで受け入れられ、さらに深い愛情の中に入れられていく。だから、子どもは必死で努力するのである。このようにして意欲が生起し、人との関係の中で展開され、学習され、大きくなり、本能のように身についていくのである。愛情を基底にした期待と、それへの応答こそが、向上や発展の意欲を育む唯一の(意欲の)システムであると考える。

光の子どもの家の門を叩く子どもたちの多くは、決定的にこのプロセスの経験が無いか、少なかったのである。ここで出会った子どもたちのそれまでの環境は、劣悪さを極め、生まれることでさえ期待された子どもは稀なのである。

愛され期待され、努力してその期待に応え、舞い上がるような賞賛や、忍耐して対応し誇らしい評価をともにして感動した経験のない子どもに、どうして向上や発展への意欲などが生起するだろう。絶望的な状況で育ちながら、その優しさや明るさに感動させられ励まされさえするのである。

そんな子どもたちと身を寄せ合い、親たちに残された可能性を集め、共にそのプロセスを再生し経験し直していく。願ったように状況が推移するという何の保障のないまま、手探りの、気の遠くなるような関わりを展開していく。愛と期待の証としての関わりを。

愛は、条件や報酬を保障された労働行為などの中にはあり得ないことを銘記することも、教育や養育に関わる者には不可欠である。(1998年8月)

菅原哲男著「誰がこの子を受けとめるのか」より

(http://www.kyorei.ed.jpをご覧下さい!
運動会の子供たちの様子がビデオ映像で見られます。)

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共励保育園の騎馬戦(運動会・アンケートから)

運動会

一昨年、初めて共励の運動会に参加した。娘から渡されたプログラムを見て、「この保育園は騎馬戦をやるんだ」と思ったことを覚えている。そして3度目の運動会。騎馬戦は今年も健在で、私は今、騎馬を組んで娘を乗せている。

おそらく、子供たちの多くは、騎馬戦が好きなのではないかと思う。
第十小学校の近くに元横山公園という公園がある。「かつて」回転式のジャングルジム(グローブジャングル、とも呼ぶそうです)があった。男の子も女の子も、すごい早さでグルグルと回転させては、ぶら下がって楽しんでいた。激しい動きの遊びが好きな子は結構いるのだろう。その遊具だけは、絶えることなく誰かが遊んでいたのを覚えている。

その遊具は、今は無い。その類の遊具もまた、年々、姿を消しているように思える。
理由は想像に難くない。

限定されたリスクの芽を摘むことと同時に、遊びを通して楽しみながら身体能力を向上させていく機会も、社会性をやしなっていく機会も摘まれてしまう。怪我をする場合であってさえも、子供たちは、そこから痛みを知り、何が危険かを分かっていき、そして、痛みを乗り越える強さを培っていくはずだ。
長田理事長の著書名を真似させていただくが、「リスクを未然に回避すること」が奪う本当はもっと大切なものが、消えゆく遊具、そして消え行く競技の中には、ある。

「騎馬戦だなんて、怪我したらどうするんですか!」
そんな批判が飛んできそうな世の中の流れに、共励保育園は、「リスクを負ってでも、本当はもっと大切なものを守る」という信念を持って完全と立ち向かっているように見える。その姿勢は、騎馬に跨がり整然と並んだ幼くもすが凛々しい騎馬武者たちの姿と相俟って、爽快そのものだ。

合図が鳴り、騎馬が一斉に動き出す。子供たちは夢中で相手の兜を追いかける。
いつか、この子たちが親となり、騎馬を組んで我が子を乗せる日が訪れて欲しい。騎馬戦という競技が残り続けて欲しいと願わずにいられない。

兜を取った! 娘が高々と掲げた兜を私は見上げた。
その先に広がる空が青かった。                (5歳児保護者)

 

年長組の保護者から以上のようなアンケートをいただいた。嬉しかった!
安全やリスク回避が優先される保育園の世界だが、騎馬戦を続けていこうという勇気をいただいた。もちろん、安全に対する最大の注意を払いながら!

共励保育園の運動会・騎馬戦に、人が生きていくための本質を、見事に文章で捉えていただいた。

私はこの方の熱烈なファンになった。

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働く女性の36%「3歳まで家で育児を」NHK-NEWSweb

働く女性の36%「3歳まで家で育児を」

NHK-NEWSweb 9月30日 18時4分

働く男女を対象にした、仕事と子育てを巡るNPOの意識調査がまとまり、子どもを保育園などに預けて正社員として働く女性の3割以上が「子どもが3歳になるまでは母親が家庭で育てるべき」と考え、現状の働き方や育児のしかたとは異なる思いを抱えていることが分かりました。

調査はNPO「仕事と子育てカウンセリングセンター」が、子どもがいて正社員として働いている既婚の男女約1500人を対象に、ことし6月にインターネットを通じておこないました。
(回答数:女性286人、男性386人)

3割以上が「3歳まで家庭で育てるべき」

「子どもが3歳になるまでは、母親が家庭で育てるべきと考えているか」という質問に対し、「そう思う」または「ややそう思う」と答えた人の割合が、女性では全体の36%でした。
調査に答えた女性はいずれも子どもを保育園などに預けながら働いていますが、その3割以上が現状とは異なる思いを抱いていることがうかがえます。
また男性ではこの割合がさらに高く、「そう思う」か「ややそう思う」と答えた人は、全体の77.6%に上りました。

突然の早退!80%超が「心苦しい」

一方で「子どもの病気などで突然遅刻や早退、休みなどを取らなければらないことを心苦しく思うか」という問いに対し、女性の81.8%が「そう思う」または「ややそう思う」と答えました。
「家庭の事情や子どもがいることで残業や出張などができないことを心苦しく思うか」という問いに対しても、女性は「そう思う」、「ややそう思う」と答えた人が70.6%に上り、子どもの都合で思いどおりに働けないことに心苦しさを感じる女性が多いことが分かりました。

すれ違う男女の考え方

一方、「今より時間をかけたいことは何ですか」という問いで▽家事、▽子育て、▽仕事、▽自分の中身や外見、▽夫婦で考えたり行動することなどの7つの項目について複数回答で聞いたところ、男性の回答で最も多かったのが「子育て」で、全体の52.9%と半数以上になりました。
女性の回答(54.2%)とほとんど変わらず、男性がもっと子育てに関わりたいと考えていることがうかがえます。
また、男性の回答で次に多かったのは▽夫婦で考えたり行動することで全体の44.8%で、こちらは女性の28.7%を大きく上回り、家で家事や育児で忙しくしている妻との会話が十分にできていないと感じている男性が多いことも分かりました。
また、女性では「今よりもっと工夫をしたいこと」という問いに、「家事」と答えた人が69.6%と最も多かったほか、「今より丁寧に取り組みたいこと」という問いには「子育て」を挙げた人は63.6%と最も多くなり、仕事で不十分になってしまっている家事や育児をもっときちんとやりたいと考えている女性が多いことが分かりました。

「矛盾を受け止めて」

調査をまとめたNPO「仕事と子育てカウンセリングセンター」の伊藤由貴さんは、「本来なら子どもが3歳になるまで家庭で育てるべきというプレッシャーを抱えながら仕事をしている女性が3割もいたほか、仕事も育児も完璧にやり遂げたいと思っている人が多いことが調査を通じて明らかになった。仕事と子育ての両立に悩む女性に必要なのは、『本来こうありたい』と思っていることと現状でできることは違うという矛盾に気付き、パートナーとよく話し合って価値観の共有を図っていくことが大事だと思う」と話しています。

以上の調査報告から、働いていても、子育ての大切さを感じている人がたくさんいることが分かって、とても嬉しく思いました。働いている女性の約4割(36%)が、「できることなら3歳までは自分の手で育てたい」と思っているようですし、男性では約8割(77.6%)がそう思っており、いずれも仕事との間で悩んでいる状況が伺えます。

やはり、働き方の見直しがなされ、子育ての大切さが理解されなければ解決できない問題でしょう。伊藤由貴さんのご指摘ではこの矛盾に夫婦でよく話し合ってということですが、これはもっと根本的な問題が含まれていると思います。また、伊藤由貴さんは調査の数字36%を3割と訳しましたが、私は約4割と訳します。さて、どちらが本当のことを伝えているのでしょうか。考えてみる必要があるようです。

また、伊藤由貴さんは、「「本来なら子どもが3歳になるまで家庭で育てるべきというプレッシャーを抱えながら仕事をしている女性が3割もいた」と記述していますが、「家庭で育てるべきというプレッシャー」という表現は、伊藤さんの一方的な思い込みがあるのではないかという感想を持ちます。

子育てをしたい、子育てが楽しい、子育てをすることによって自分の成長を感じ、人生の喜びや充実感を感じている方もたくさんいます。まず、働き方の見直しが大切で、子供が病気になったときに理解を示してくれる職場を多くすることが大切と思いました。

私が保育園の現場で感じることには、そうした職場は少しずつですが増えています。

 

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内閣府は、無核府!(核の無い府)

2013年9月29日の共同通信によると、内閣府は以下の推計を発表したという。

家事、育児は年138兆円 内閣府、無償労働を推計

家事や買い物、育児、ボランティアなどに充てられた「無償労働」を金額に換算すると、2011年は過去最高額の約138兆5千億円に上ることが、内閣府の推計で分かった。

 名目国内総生産(GDP)の約3割に相当し、無償活動の8割を女性が占めた。内閣府は「女性の社会進出が進み、家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」と指摘している。

 無償労働の中で「家事全般」が最も高く約88兆6千億円。買い物は約27兆2千億円、育児は約14兆8千億円、介護は約3兆4千億円だった。ボランティアなど社会活動は約4兆5千億円。
2013/09/29 16:27   【共同通信】

「家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」という考えがそもそもおかしいのです。子育てを商品にし、人任せにすれば、お金は動くかもしれませんが、社会の基盤となる人がちゃんと育っていかない。

子供をちゃんと育てることがいかに大切な仕事であるかは既に言い尽くされている。子供がちゃんと育てられなければ、この国の将来は危うい。その子育てを企業や保育所に任せればいいと簡単に考えている。子育てをその程度にしか理解できない国の中枢の人達の認識に、この国の危うい将来が伺える。

 

最近、共産党橫浜市議団が、橫浜の保育の実情を調査し、企業保育所の決算を発表した。

それによると、株式会社運営の認可保育所の人件費比率の平均は約53%。一般的に社会福祉法人の認可保育園では、経験のある保育士が勤務している保育所は80%程度と言われていて、それを考えると株式会社の保育士の給料はあまりにも低い。経験のある保育士がいるのかと疑問を呈さざるを得ない。給食業務などは、外部委託しているので、一律には語れないが、常勤保育士数との関係から常勤保育士一人当たりの給与を割り出し(推計)てみると、一人当たり約200万円。(月額16万6000円?)ボーナスは30万円程度と市議団は報告している。これが総支給額としたら、手取りはいくらになるのだろうか。

更に決算書を見ていくともっと驚く。ある保育園では、橫浜市の補助金は4052万円。経理区分間繰入金支出として、本部に移した額が3475万円。何と、橫浜市の補助金の約86%が移されている。ここから新設の保育園の費用や株主への配当金が払われているのだろうか。

この決算書は、子供の生活にかかる費用や職員への費用がとても少ないのが特徴だ。給食費は579万円、保育教材費は422万円とある程度の額が計上されているが、この中からどれだけ関連会社に流されているのだろうか。詳細は不明である。消耗品費は年間45000円。少ない。職員の研修費も年間23000円程度だ。これでどんな研修ができるのだろう。

市議団が指摘している通り、給食の外部委託や子供たちの教育のための講師料が年間1760万円となっており、これが関連会社の定期収入となっているようだ。

決算書を見る限り、国や地方自治体の保育費用がビジネスの事業展開費用として回されており、橫浜市や国の保育費用が子供たちの保育に使われる仕組みになっていないのではないかと思える程だ。

こんな状態が企業の運営する認可保育所の現状だとすれば、本当に子育てを企業や保育所に任せていいのだろうかという疑問が湧き出てくる。

子育ては14兆8000億円などと、無償労働の金額を机上計算する人達に、それだけの費用を「子ども手当」で国から支給したら、どれだけ家庭が潤い、子供たちの心は安らぐだろうと言ってやりたい。

子供を育てることは国の根幹を支えることだとということを理解していない人たちが、国の中枢を司り、国の方針を決めている現状に、家庭や保育現場からは嘆きの声がでるばかりだ。

 

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情動と記憶(一時保育の問題性)

脳の学習力(S.J.ブレイクモア・U.フリス著・岩波現代文庫 乾敏郎・山下博志・由田千里訳)には次のように記してある。

「情動にはしばしば記憶が関係し、記憶はしばしば情動を伴う。情動的なでき事、とくにネガティブな情動を伴う出来事は、中立的なものよりもよく記憶される。動物および人間での研究から、脳の情動系(大脳辺縁系ともよばれる)の重要な部分である扁桃体が、恐れや悲しみを引き起こす出来事と関係することで強められた、長期記憶の形成に関与していることが示されている。」(P313〜P314)

この一文を読んだとき、保育園の「一時保育」の問題性について強く感じた。

保育園に入園するとき、多くの保育園は「慣らし保育」を実施するが、世界一大好きなお母さんと離ればなれになることの不安感や恐怖感について、それを和らげることを主目的としている。

この慣らし保育でさえ、子供の心に影響を与えないかを心配する。つまり、このネガティブな体験が子供の長期記憶として刻まれてはしまわないかという心配は、私の心から消えてなくならない。

その内、子供は、あきらめと他にすがりようがないという状況を感じてか、お母さんの代替えとして、心優しい保育士を子供の側から選んでいく。

人生理不尽なことはたくさんあり、そうしたことにも慣れていかなくてはならないことは大切な事だとは承知するが、それでも子供の脳が敏感で柔らかいうちに、まだ言葉が獲得できていないうちに、あまり不安を感じさせるような出来事は、経験させない方がよいということは強く思うのである。

こうした不安体験が幼い子供の心に刻まれ、やがて思春期に出てくる。これは、長期記憶とネガティブ体験との関係からすれば、容易に推察できるのであるが、若者の自信のなさ、小学校でのさまざまな子供問題などを考えるとき、私にはどうも、012歳児期のおける「不安体験」との関連が強く感じられてしまう。つまり、保育園はそのことを重く受けとめなくてはいけないのではないかと考えている。

保育園の「慣らし保育」でさえ問題があるのに、その日に保育園に連れて来て、すぐに保育園に子供を長時間預けるという「一時保育」について、なぜ保育学者は異議を唱えてくれないのだろうか。驚くことに、この「一時保育」は保育園の主任保育士加算が認められるための4つある特別保育項目の一つであり、国が強く推進している事業である。

これは、「育児放棄」や「児童虐待」に対する対処策として考えられているようだが、保育現場では親のレジャーや買い物など、本来の趣旨からは外れた利用が許されるようになっていると聞いた。この「一時保育」自体が、子供の心に悪い影響を与えているとしたら、これは直ちに考え直していただかなくてはいけないと思う。

現場の声を聞くと、多くの保育士が「一時保育」の問題性を訴えている。泣きっぱなしの子供に何の対応もできない状況。只でさえ、基準以上の子供たちを長時間にわたり集団で保育している上に、泣きっぱなしの一時保育の子がクラスに入ってくる。これでは、保育士は息切れもし、すり切れてもしまうのである。

学者先生、早く調査して、問題を国に指摘して下さい。

 

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小笠原舞さん“女の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

保育士として保育現場を知っている小笠原舞さんが、寄金佳一さんの「Handmade Future」で、子供の視点で保育問題を語ってくれています。

http://yorikanekeiichi.com/ogasawara-mai-says-dangers-to-the-children-on-the-waiting-list-zero-1-3405.html

大切な発言ですので、再掲させていただきます。

待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “女性の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

待機児童は減ったほうがいいに決まっている。ワークライフスタイルの自由は保証されるべきだ。だが、昨今の風潮にあえて異を唱え、課題解決に取り組んでいるイノベーターがいる。

現役の保育士で、なおかつ「保育士という立場だけでは変えられないことがある」とasobi基地を展開する小笠原舞さんだ。子どもに関わる深刻な課題が山積する中で、待機児童問題の解消だけを極端に推し進めれば、社会が壊れてしまうと彼女は言う。

徹底した現場主義の彼女には、いったい何が見えているのか。インタビューした。

小笠原 舞(おがさわら まい)
1984年生まれ。企業に就職後、保育現場へ。保育士を務めるかたわら、こどもたちのより良い未来を目指して、こども未来プロデューサーとして活動を始める。
2012年夏より始めた子育て支援コミュニティ『asobi基地』は、多くの人々に支持され、いまやほぼ毎週末イベントを開催。
2013年6月には、フリーランス保育士の小竹めぐみと共に『合同会社こどもみらい探求社』を立ち上げるなど、常に新しいチャレンジをし続けている。

(6月、渋谷区桜丘のLENNONにて)

——小笠原舞さんは先日、前・横浜市長である中田宏代議士の『待機児童ゼロに向けて ~横浜方式の横展開をやってはならない』という記事を見て、Facebookで「とにかく、こども達の心のことやこどもの権利のことを誰か書いて!」と言っていたんですよね。

これは中田宏代議士の個別の記事がどうのというより、待機児童問題を語る社会やメディア全般に違和感を抱いていたと。それ以前にも何度か、違和感を語る投稿をしていましたよね。

 

僕は横浜市で4歳と1歳を保育園に入れながら子育てをしているせいもあって、実感するんですけど、確かに世の中は横浜市の待機児童ゼロを目指せだとか、いかに減らすかしか議論していない印象を受けます。小笠原舞さんの意見というか、目の付け所は、世の中の大多数にとってユニークだと思ったので、話を聞きたいと手をあげました。思う存分語ってください!

このままではこどもたちの心が危ない

小笠原:保育士として東京都の研修に参加したとき、保育総論を担当している行政の方が「待機児童がゼロに近づきました、これだけ減らしました」という話をしていました。待機児童をゼロにすることで出てくる課題はないのか? という疑問を持ちました 。

もちろん、困っている人がいるので、待機児童を減らすのは大切だと思っていますし、保育園をつくるなとは全く思っていません。たくさんの同世代の友達がいるから社会性や協調性を育めたり、一人っ子でも違う年齢の子とふれあえたり、家庭とは違う力をつけられたり、集団生活ならではの大きなメリットがあるのもわかっています。

でも、今の日本社会は「ハコだけつくって、保育士をとりあえず集めて、待機児童率が下がりました」「数つくって、数さばきました」と効率化に偏っているように見えます。保育園を作ることがゴールではなく、1回オープンすれば、答えもなく終わりのないこども達との長い人生の旅が始まるんです。保育士たちと、待機児童問題について話すと、みんなが口を揃えて言うのは、こども達の心がこのままでは危ない、日本の未来は危ないということです。

なぜ女性の利は議論されるのに、こどものと一にいたいという持ちは議論されないのか

小笠原:先日も新聞に 「女性の社会進出で経済力アップ」とあり、働く女性の就労支援の視点のみで書かれていました。経済回復には女性の就労が必要だというシナリオなのはわかるのですが、こども側の視点が1つも書かれていなくて、不平等だと思ったんです。働く女性の支援と、待機児童問題 “しか” 報道されていない。

でも、そもそも、こども達の視点という考え方に気づいていない大人が多いのだろうと思っています。自分もこどもだったことがあるから、こどものことをわかっている“つもり”になっているだけなんじゃないかって。

こどもの心の成長について勉強したり、こどもに関わったりする機会ってとっても少ないと思いませんか? だから、こども達の人権・権利という視点にさえ、たどり着かないんだと思うんです。

自分のこどもだけど、こどもも一人の人間。大人と同じく心や権利がある。そう考えると、仕事と子育てという親のバランスの支援だけでなく、親と離れて保育園に通うという大きなチャレンジをしているこどもの気持ちのサポートだとか、こどもの “親と一緒にいたい” という気持ちをどうフォローしていくのかだとか、こども側の課題にも触れていかないと、こどもも一人の人間なのにフェアじゃないと思うんです。

こどもについて考える機会がなく、こどもを知らないがために、結果として未来の日本を創っていくこどもたちの心が病んでしまったとか、愛着障害・愛情不足による自己肯定観の損失などの深刻な問題が生まれてしまったとか、全員でないにせよ、問題もあります。“気づいてない”ということが、日本の一番大きな課題だと思うんです。

びにいくために保育を利用、こどもがせるケスも

——日本は子どもの権利条約を批准しているはずなのに、こどもの人権って、なかなか耳慣れないですよね。理屈ではわかるんだけど意識はされていないシロモノになっている感覚があります。

つまり、大人の都合ばかりで、「こどもたちにとってどうなのか?」という視点が不足しているのではという指摘。実際、保育現場にいて、どんな問題を実感してますか?

小笠原:例えば(東京都独自の)認証保育園は、どんな理由でも預けられるんですよね。お金を払ってくれればサービスとして提供するので、拒めない。聞いた話によると、土曜日に夫婦で遊びに行くとか、「ヨガに行ってきます」とか、「ちょっと車を買ってくるのでお願いします」というパターンも聞いています。

保育園の機能として子育て支援があるので必要だと思っています。ただ、預けられたこども側の気持ちもちょっと考えてみてほしいなと。一緒にお出かけするのかと思って家を出てきたら、到着したのは保育園。さらに、平日と違ってメンバーが違ったり、人が少なかったりするものだから、不安になり、泣いてしまう。

保育園は何のための場所なんだろう? 誰のための場所なんだろう? 保育園がたくさん増えていくならば、この問いをもっと考えていかなければいけないと思っています。東京都が、親の私用での保育利用を認めるのならば、その分、こどもとの関わり方など育児において大切なポイントの講座を受けられるなど、こどもの権利側のフォローもしてほしい。大人の権利の支援があるならば、同じようにこどもの権利の支援があるべきで、それで初めて、大人もこどもも権利が平等だということだと思うんです。

“多様性” という言葉を耳にする機会が増えましたが、とっても違和感があります。こどもの権利について保障されてはじめて、本当の意味で多様性社会になるんだと思っています。まずは自分の身の回りで実現しようと、asobi基地では 「大人もこどもも平等な場所」というキャッチフレーズを付けて、大人とこどもの権利をフラットにとらえる文化をつくろうとしています。

代がわったのなら、保育の位置づけを整理しなおすべき

小笠原:国がそもそも、保育園や幼児教育に関してどういう考えを持ち、戦略を練っているのかが、伝わってこないんですよ。予算的にも、他の先進国に比べて低いですしね。こどもたちが今後の日本をつくるわけだから、幼児期の大事な時期について、もっと議論したり、予算をつけてもらったり、重点が置かれてもいいんじゃないかと。

保育園はもともと、戦争や貧困などの時代背景によって必要不可欠な施設として、社会福祉施設としてつくられたものです。でも現在では社会の事情が変わり、女性が働くための支援としての意味合いが強くなっています。「社会福祉」としての保育園のままでいいのか、という疑問もあります。時代が変わったのなら、保育園の位置づけも整理しないといけないのではないでしょうか。

東京都では認証保育園がメインになりつつあって、これから株式会社が参入してくるとなると、もっと “サービス” としての保育が進む可能性が高まります。保育のサービス化が100%悪いという訳ではもちろんありません。が、保育園ってそもそもなんなのか? どういうときに使っていいのか? 使うときのルールはあるのか? について、こどもたちの現状の課題を踏まえたうえでの議論がないまま、保育園の数だけが増えていくのは疑問です。

保育=サビスという意まればこどもたちの持ちが置き去りに

小笠原:働くのはOK、こどもは預かるからと保育園がどんどん立って、どうぞ働いてくださいで終わりになってしまったら、こどもの気持ちは置き去りだと思いませんか? 多様性を認める社会、人権のフェアはどうなってしまうのでしょうか? 大人たちの都合を考えると同時に、こどもたちの都合も考えるべきです。

保育園に預けるメリットはたくさんありますが、同時にデメリットもあるわけです。大人たちのフォロー次第でどちらにも転びます。保育園側が、預かる際にこどもへの声のか掛け方や気持ちの受け止め方などフォローの仕方を説明したり、保育園利用を考えている人に、こどもについて知る勉強会受講を母子手帳配布時に伝え、実施したりするような仕組みが作りたいんです。サービスとしての保育が提供される代わりに、何が奪われ、どうやって補えばいいのかを伝えていく必要があると思います。

2012年11月に視察へ行ったトロントでは、有志の看護師さんたちが無料の研修「Nobody’s perfect」というプログラムを提供していました。学びの場を多く作るように、国として取り組んでいます。最後の選択は個人であるとしても、「知れる場がある」「学べる場が利用しやすい形である」というように、誰でも平等に機会が得られる仕組みがトロントにはありました。完璧な親も子もいませんが、大人の意識によって、こどもの育つ環境がいくらでも変わってしまうのですから。

ときには「メンタルぎりぎり」に心をすりらす体もする保育士の仕事

——今回の話をする上で、読み手の方々とひとつ共有しておきたいと思うのは、保育士の仕事の大変さについてです。僕自身、保育園を利用していて、保育士さんには頭があがらない。こどもが転んでちょっと擦りむいた程度でも平身低頭で謝られるんです。そんなの、こどもなら年中。外から見ていても、気づかいが尋常じゃない。

うちの子たちが通う保育園に、この春に新しく1歳児と0歳児が15人くらい入園してきてました。みんな入園当初は、突然親に置いていかれて、号泣するんですよね。すると、もともと通園していて慣れているはずの子たちも、もらい泣きしちゃう。凄まじい状況でしたね。

 

小笠原:そうですね。3年前に、今いる園が開園したときのことを、今でも鮮明に思い出します。0歳から5歳まで40人くらいの新入園児がいました。1か月間くらいは様々な学年のこども達が「ママー」と1日中泣いていました。とっても懐かしいなぁと今では思うことができますが、本当に当時は大変で、結構メンタルぎりぎりでしたね。

仕事と言えども、こんなに泣くのに引き離して大丈夫か、と複雑な気持ちで過ごしました。場所や人に慣れていない=大きすぎる不安。すぐ帰れるように靴下を脱がない子、連絡帳を持って帰りたいと泣いている子、眠いのに安心できず眠れないけど眠くて泣いている子。それぞれが不安をいろんな形で表現している状態でした。

今ではその子たちも、とってもたくましく育っていて、1人で寝つける子がほとんどになりました。今は、笑って話ができますが、あの時の光景は一生忘れられないと思います。「ああ、いくら頑張っても、そりゃママにはかなわないよなー」って体に染みました。だから、その日限りで実施するasobi基地では「託児」はやっていません。

繊細配りと、高度なスキルが要求される保育現場

小笠原:0~2歳は人として生きるために生物学的に必要な発達がほとんど。子どもたちの世界を広げていくのと同時に、歩行、食事、トイレに行くなどのサポートが中心となってきます。1歳半くらいから少しずつ言葉でコミュニケーションが取れるようになりますが、噛みつきが増えてくるので、起こらないように注意してこども達を見ることも重要です。

3歳をこえると、今度は複雑な心の発達の段階へ入ります。とても大事な時期だからこそ、喧嘩ひとつの仲裁や、自立への支援の仕方など、保育士のひと声や関わり方が大きく影響していくので、すごく気をつかいます。朝から夜まで12時間など、眠っている時間を除けば親よりも長く一緒にいるわけで、プレッシャーがあります。その分、感動や嬉しさも大きいですけどね。

こども達自身の成長のサポートと同時に、親御さんとどれだけ連携して一緒にこどもを育てて行けるのかが、大きな鍵を握ります。毎日の送迎時や連絡帳、保護者面談などでよくコミュニケーションを取り合い、信頼してもらえるようにする。悩みの相談につながり、一緒に課題を解決するパートナーとなっていけます。

本当に色々なことを考えて、親にもこどもにも言葉を選び、伝えています。「保育士に必要なことは?」と聞かれたら、間違いなく“コミュニケーション能力の高さ”と“観察力”だと言いますね。まあ、大変な仕事ですが、その分、毎日積み重なっていく人間の成長を見られるので、すごくいい仕事ですよ。

保育を急激にやせば保育士のが低下する?

——僕は横浜市在住です。待機児童ゼロのおかげで、確かに保育園には入れやすくなりました。いまは徒歩で30分はかかる場所まで、自転車で通っているんですが、近くにも保育園ができたんですよ。

でも、保育園を変える気にはなれないんです。なぜなら、いま通っている保育園の、経験とノウハウ、時間の積み重ねによって裏打ちされた安心感や、行き届いている感が半端ではないから。

個人的な実感ですが、ポッと新しくできた保育園にこどもを預けるなんて、親としても、入園するこどもにとっても、怖すぎるんですよ。数だけ増やしても、保育士どうすんのと。預けている側の感覚からしても無理があるだろうと感じるんですけど、現場からはどうですか?

小笠原:活動を通して、いろいろな保育園で働く保育士に会いますが、みんなが何かしら矛盾を抱えながら保育をしているなと感じています。安倍総理は横スライドで「横浜でできたんだから全国でできる」なんて言うんですけど、保育士の質や、保育園の社会的位置づけに対しての意識がどう変化していくのか、とても心配です。

私個人の意見としては、親は親にしかできない役割を認識した上で、仕事をし、保育園に預けてほしいと思っています。保育士はこどもたちと一緒に過ごす時間が長いので、信頼関係は結べます。が、一番大切な、人間の核となる部分の成長に関しては、ママやパパに勝れない部分があるんです。保育園をどんどんつくるならば、親が発達心理学を勉強したり、愛着形成について知ったりできる機会を同時につくらないといけないなと。

人間がどういうふうに心を獲得していくのかという過程は、保育士だけでは担えません。1人の人間を育てるって簡単じゃないんです。家庭と保育園とが、お互いを尊敬しあい、役割を分担し、助け合えたとき、こどもがより良く育っていくと思っています。

こどもたちをていてが出そうになることがある

小笠原:私たち保育士は、子育てのサポートはできても親にはなれないので、すごくもどかしいんです。私たちが抱っこしても、「ママがいい!ママに会いたい」って涙を流す。ママのほうがいいよね、そりゃってなるわけで。

こども達はそのうち泣き止んでくれますが、本当の心の奥底を想像すると、いろいろと考えてしまいます。今日はいつもより頑張ってるんだなとか、最近寂しいのかなとか、話したいことや訴えたいことがあるけどうまく言えないのかなとか。

自分の感情をうまく言葉にするのは難しい作業です。でも、こどもを近くで見ている分、彼らのいろんな感情表出に出会い、それがこども達の心の声の訴えに聞こえることがあります。なんだか涙が出そうになることがあるんです。

家庭と保育のコミュニケションが重要

でも、だからと言ってお父さんお母さんを責めるわけではありません。だって、お仕事しなければ違う問題が出てきますからね。大事なのはやはり、保育園と家庭とのコミュニケーションです。

例えば、最近どうですか?という何気ない会話から、「ちょっと忙しくてイライラしがちで……」とでも言ってもらえれば、こどもの訴えの理由がわかり、一緒に解決方法を考えられます。「じゃあ週末に、2時間だけでも、この子と二人っきりで仕事から完全に抜ける時間を作ってみるのはいかがですか?」などと言えるんです。

ママやパパも「あ!」と何かに気づき、ぱっと表情が明るくなり、実際に行動してもらえたり、こども達が明るく変わったりということが多々あります。親子の気持ちって、本当に直接伝播するのですよね。

保育士としては、忙しい中で、仕事と育児をする親御さんたちには、本当に頭が下がりますね。大事なのは時間ではなく、密度だったり、「ごめんね」ではなく「仕事させてくれてありがとう」「お互いの時間と世界を楽しもうね!」という気持ちだったりだと思います。

加えて、自分自身に向き合う素直さが大事だと感じます。親も保育士も。いま目の前にいるこどもを見て、どうするかを一緒に建設的に考えていくことが、こども達の心の成長に一番いいと思っています。

保育だけでは子育てはできない

小笠原:私は、今のままの政策で進んだ結果がとっても怖いんです。「もっと働け!」と国に言われ、保育園がボンボンできる。こどもを一人の人間として考えたり、思いやったりする時間と場所がなくなり、人間が育つ上で一番大事な要素が抜けていってしまうのではないかという恐怖があります。

私がこどもを育てる上で大事にしたいと思うのは、親と子の両方の心のバランスです。大人と子どもがお互いに納得して保育園に行っていたり、親が子育て生活を楽しめていたり。なんでもないことだと思うかもしれませんが、本当に大きいんです。バランスが取れているこどもって、どこへ行っても遊べたり、世界を冒険できたりします。

発達心理学では“心の安全基地”という言葉が出てくるのですが、これができていると「何をしても自分は大丈夫」「ここにいていいんだ」という心の土台ができて、バランスを取りながらチャレンジできるケースが増えてきます。自立という人間の大きな目標に向かっていけるのです。“心の安全基地”をつくることが、人間が生きる上で一番大切です。安定できるかどうかが、チャレンジ精神や自己肯定感につながるからです。

心の安定には、親や家族が一番大きな影響力を持っています。こどもが生まれてしまえば、誰でも親という立場を得られます。が、子どもの育て方の完全マニュアルや正解はありません。親自身が子どもを見て、向き合い、軸を決めていく。親自身が世界を広げていけば、こどもの世界や可能性も広がります。親も、こどもと一緒に成長していかないといけませんよね。これは保育士も同じですが。

こどもたちの心へ目を向けなければ日本が崩する

さらに、子育ては世代を超えて連鎖していきます。自分が親から受けた子育てしか知らないわけですから、されて嫌だったことを反面教師にしようと思わない限り、無意識に次へ伝わっていってしまうんです。負の連鎖を防ぐこともとても重要です。

また、親になる二人(夫と妻)が、自分の親がしていた子育てを思い返し、次の家族をつくっていくために、二人の子育て観をすり合わせて行く作業も、とっても大事ですよね。人生を共にするパートナーであり、ひとりの人間を育てる一番近いチームメイトなのですから。

こどもを取り巻く問題が多い今の世の中です。いじめや不登校など、心の問題がこれだけ増えている印象があるのには、理由があるのではないでしょうか? 子どもたちからのサインだとさえ思います。

「こども達の心を育てる」ことに重点を置いて、保育政策や子育て支援を形作っていけば、もっと幸せな子ども達、親たち、家族が増えていき、少子化に歯止めがかかると思っています。

今のままだと、いつか裏目に出るんじゃないかなと思っています。例えば20年後、今のこどもたちが社会に出たときに、みんなの心が育っていなかったら「日本が崩壊してしまう」と危機感を持っています。

【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”』はこちら。イノベーター保育士・小笠原舞が挑む具体的解決策を聞いています。

【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”

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夏期研修でテーブル人形劇を学びました。

共励保育園の施設内研修で、テーブル人形劇研修を実施しました。

この研修は、共励保育園のオリジナル教材「シルエット」を日常の生活や遊びの中に取り入れ、子供たちとの「言葉のダンス」を活発にするためにテーブル人形を活用しようとの試みです。

「言葉のダンス」とは、親子が交わす何気ない言葉のやりとりのことを意味し、ハーバード・ビジネススクールのクリステンセン教授が、保育園では「お仕事の言葉」(用向きの言葉)しか話されないという指摘に、”そんなことはありません”という保育園側からの反論と同時に、やはりご指摘を受けるような現状もあるということを認識した上で、「言葉のダンス」を保育の中で活発にしようという目的で開催されました。

また、保育の仕事は「美的仕事」ですから、ある程度芸術的な要素とレベルを備えていなくてはなりません。かつて、私も人形劇団に所属し、飯田の人形劇フェスティバルや、新宿のプーク人形劇場に出演したこともあり、人形劇の教育的な可能性についてはとても大きいものだと思っています。

そのようなわけで、8月3日に、ひとみ座の中村さんの指導を受け、テーブル人形劇を作り、演じる研修をしました。

当日の研修の様子をビデオで観ることができます。
以下のURLをクリックしてください。
保育士たちが人形を作る様子、中村さんの模範上演、保育士の模範演技、演技のポイントの指導、当日作った人形を使って、「シルエット」のような即興話を演じる保育士など、言語教育としてのテーブル人形劇の可能性を示す内容がたくさんありました。

朝9時から午後5時まで、たっぷり8時間の研修。保育士たちの様子からも伺えますが、とても楽しい研修でした。是非ご覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=OxsQY-T6SwA

共励保育園のホームページ http://www.kyorei.ed.jp のビデオギャラリーでも見れます

当日は、午前中に人形と背景を作って、午後は人形を演じながら、中村さんに人形の動かし方、子供たちの注意の引き方、間の取り方、ナレーションと台詞の切り替え方などを学びました。

保育士は、それぞれが自分の演じたい人形劇の物語を覚えてきて、台本を見ずに人形を動かし、実際に演じるところまでを体験しました。テーブル人形劇は、一人で演じるので、とても身になりますし、すぐ保育に展開できます。

みんな熱心に取り組み、暗記してきた物語を語りながら、人形を動かしていました。代表で演じた6名の保育士たちは、とても上手に演じ、中村さんを驚かせていました。共励保育園のシルエットという教材と同じ言語教育の目的を持ったものとして、今年の保育展には実践が披露されるかもしれません。

このテーブル人形劇で、保育士と子供たちとの「言葉のダンス」が広がることを願っています。

私(長田)もオオカミを作りました。かつて人形劇団に所属していた経験を思い出しながら、楽しいひと時をすごしました。とても学びの大きい研修会でした。

最終写真のオオカミは、長田が作りました。

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